| ４ 「……ねえ大丈夫？ 鷹生、すごく痛い？」 ──そうして、新しく引っ越した鷹生のマンションの部屋に落ち着くと、暁人はいつもの、おろおろと気づかうような表情でそう聞いてきた。 「ああ、ちょっとな」 そんな様子が可愛くて、鷹生がつい答えると、ますます心配そうな顔になる。 あのあと彼は、こんなの平気だ、という鷹生の言葉を聞き入れず、タクシーに乗せて、一番近くにある救急指定の病院に行ってもらい、怪我の手当を受けさせたのだ。 幸い大したことはなく、一番重い足の怪我も捻挫で済んだのだが、医師は鷹生がこれでピアノを弾いた、と聞いて相当呆れていた。時間と共に足ははれ上がり、靴がはけない程になっていたのだ。 それで、部屋に帰ってくると、暁人はすぐ鷹生をベッドに座らせ、かいがいしく動き回ってその燕尾服を脱ぐのを手伝い、パジャマに着替えさせてくれた。そして、いつもなら鷹生が淹れてやるコーヒーを、多少危なっかしい手つきだが、きちんと自分で淹れて持ってきてくれさえした。 このマンションは、鷹生が話題の人となった途端、寮に色々な人間が押しかけてきたので、暁人の祖母が別に用意させたものである。ちょうど鷹生は、出場したコンクールの賞金や取材費をあわせて、なんとか中古だが、念願のグランドピアノを買うことができ、それを置ける部屋を探していたのだった。それで渡りに舟とばかり、引っ越しをすることになったのだった。 その、荷物が片づいたばかりの部屋で、鷹生がコーヒーを飲んでいる間も、暁人はこまごまと、肩に毛布を掛けてくれたり、クッションを具合良く背中に当ててくれたりしている。そうやって、いつもとは逆に、面倒をみてもらうことが実に心地よく、鷹生は、聞きたいことがあったのをつい、後回しにして、そんな暁人の可愛らしい姿や仕草を楽しんでいた。 「──ね、鷹生、もう休んだ方がいいよ。君、あんなことの後だし…すごく疲れているでしょう？」 やがて、暁人が羽根布団を引き寄せ、横たわらせようとしたので、鷹生はわざと強く首をふった。 「いやだ」 「え、だって……」 暁人が目を見はってこちらを見る。その当惑したように顔に、また少し顔がほころびそうになるのをこらえて、鷹生は彼を強く引き寄せた。 「俺は、お前とセックスする」 腕の中に倒れ込んできたその目を覗いて、堂々と言いきる。暁人は慌てたように首をふった。 「えっ、駄目だよ！ 君、足怪我しているんだよ！」 「足はあんまり関係ないだろ、ベッドの中だったら」 関係ある体位もあるけどな、とちらりと思ったが、そのことはさすがに口にできなかった。それに、演奏が終わった後はいつもそうなのだが、始まる前に一暴れしたこともあって、かなり気が高ぶって興奮してもいた。さらにホールで暁人にすがりつかれ、今は目の前でこんなに可愛く自分をのぞき込んでいるというのに、とても大人しく眠る気などにはなれない。 「そんな……」 暁人は困ったように、長い睫毛を伏せる。鷹生は目を細めた。 「平気だって。……それともお前、いやなのか？」 けれど、だめ押しのように、そう言った途端、 「へ……!?」 突然、暁人が意を決したようにのしかかってきたので、鷹生は完全に呆気にとられてしまった。 「え、お、おい、暁人……」 シーツの上に仰向けにされて、うろたえる鷹生をよそに、彼はその強靱な身体の上にまたがる格好になった。そして、真剣な表情でこちらを見下ろしたまま、実にいさぎよい仕草で、部屋に来た時にいつも借りて着ている、古いパジャマを脱ぎ捨てた。そして、顔を近づける。 「──わかったから、鷹生はじっとしていて」 とんでもないことを言われ、呆然とする。しかも彼はこちらに手を延ばしたかと思うと、意外と器用な仕草で、鷹生のパジャマの上衣のボタンを外し、さっさと剥くようにして脱がせてしまった。 「ちょ、ちょっと待て！ お前、何を……」 「この方法なら、君が動かなくていいでしょ？ それに、僕だって、本当はしたかったし……」 暁人は初めてはにかんだように笑い、そっと自分から、鷹生の口にキスをした。 柔らかく温かな、その粘膜の馴染んだ感触に、思わず素直に応えてしまう。いつもと違い、暁人が覆いかぶさってくる、というのも妙に刺激的で尚更そそられ、気がつくと鷹生は暁人を抱き寄せ、舌の根本近くまで、自分の舌を絡みつかせ、夢中で強く吸い上げていた。そして、自分の身体が、まだ当惑している心とは裏腹に、完全に高ぶり、雄根が勃起してしまうのを感じていた。 「……」 と、その反応に気づいたのか、暁人はキスをしたまま、片方の手を伸ばして、そっと鷹生の雄根を握った。その細い、華奢な指の感触に、若い雄根は激しく反応し、危うく暁人の小さな手のひらを、跳ね返しそうな勢いで立ち上がった。 鷹生は自分の身体の反応の早さに慌てて、無理に暁人の唇を引き離した。キスの激しさを照明するかのように、二人の唇を細く透明な糸が一瞬、繋いだ。 「ばか、やめろ。こいつはお前には無理だ、いっぺんに深く入るから…！」 確かに以前、こういうやり方があるぞ、と説明してやって、それだけで暁人が真っ赤になるのを見て楽しんだ覚えがある。しかし、まさか本気で実行するとは思わなかったので、必死になってやめさせようとした。けれど、暁人は首をふった。 「平気だよ、ゆっくりすれば大丈夫。……それに、感じてみたいんだ……」 そして暁人は、鷹生がこれ以上何か言う間もなく、もう十分反応して、欲望に悶えているその雄根をなんとか握り直すと、そっと自分の入り口に導いた。 「……！」 その、柔らかく開いた、けれど十分に狭い秘穴が先端に触れた途端、鷹生の雄根は待ちかねたように暁人の中に引き込まれてしまった。 「うっ……」 唇から、思わずうめき声が漏れた。暁人の内部の温かく湿った肉襞が、ゆっくりと鷹生の雄根に上から覆いかぶさり、包み込んでくる。体位のためか、その絡みついてくる感触がいつもよりずっときつい。信じられないような極上の快感に、鷹生はあやうく、性急に身体を進めてしまいそうになった。あわてて腰に力を入れ、ゆっくりと挿入しようとする。 「あ、あっ……」 暁人の華奢な身体が、若木のようにのけ反った。このやり方だと、確かに鷹生は動かなくて済むが、暁人は深々と鷹生の雄根を受け入れなければならない。やはり痛いのか、と思い、鷹生は快感に頭が真っ白になりそうなのを懸命にこらえて、暁人の顔を仰ぎ見た。けれど暁人は、小さくだが腰を揺らし、ゆっくりとさらに彼を深く受け入れようとしていた。 「んくっ、ああ……」 暁人の肉襞は、細かく震えながらも、徐々に熱くなり濡れながら、鷹生の雄根を奥まで強く包み込んでゆく。彼が必死で受け入れながら、確かにかすかに快感を感じているのがわかる。そして、ふと下半身に触れるものに気づき、そちらを見た鷹生は、秘穴に受け入れたことで暁人の牡茎が愛らしく色づき、身をもたげていることに気づいた。 「暁人……」 その反応が、鷹生の保護と支配の本能を、同時に一気にかき立てた。少し身を起こして手を伸ばし、ピアニストの強い指で、やんわりと暁人の牡茎を掴んだ。 「ひあっ……！」 再び、暁人の身体が大きくのけ反った。牡茎が、掴んだとたん全く違う快感に激しく反応してしまい、同時に背後の秘穴が反応し、少しほぐれる。そして、鷹生の雄根は更に深く吸い込まれた。 「うっ……」 はずみで、鷹生の指先にも力がこもる。牡茎を愛撫することで、身体を柔らかく開かせてやるつもりだった。けれど、自分の手の動きに従順に、しかも過敏な程に反応する暁人に、支配欲の方がそそられてしまい、気がつくと、鷹生は激しく暁人の牡茎を掴み、執拗にしごき上げていた。 「あ、あっ、鷹生、ちょっと待って……！」 牡茎の先端からは、透明な液体があふれ出してくる。暁人の白い顔は上気し、桜色に色づいた滑らかな頬の上で、長い睫毛が震えながら影を落としていた。そして、その愛らしい表情とは裏腹に、秘穴は、さらにゆるやかにほぐれて、鷹生を奥まで呑み込もうとしていた。その自分の反応に、もうついていけなくなって、小さな唇から、悲鳴のように声がもれる。 「……！」 その暁人の顔を、やはりいつものように近くで見たくて、鷹生は勢いをつけて上半身を起こし、彼の身体を引き寄せた。一瞬腱に力が入り、足首が痛んだが、そんなことは全く気にならなかった。 「ひぁっ……！」 内部で雄根が大きく動き、こすり上げられて、暁人はもう一度悲鳴を上げ、こちらにすがりついてきた。身体全体で受け止めた、暁人の滑らかな肌の、かすかに汗ばんで吸いつくような感触が、ためらいを忘れさせた。腰に再び力を込め、深々と身を沈めた。 極上の感触が、鷹生の雄根の全てを包んだ。その先端が、暁人の柔らかな内部の、一番深く、感じやすいところに強く触れた。耳元で、暁人のかすかな、切なげなあえぎが響いた。それがさらに鷹生をかき立てた。 「ああっ……」 「くっ……！」 二人は固く抱き合い、すがりついたまま、絶頂を迎えた。震えているのは自分なのか、それとも暁人の身体なのか、鷹生はわからなかった。おそらくどちらも、だったのだろう。 「……」 行為の後、鷹生は身を引こうとしたが、暁人は強く首をふった。腕の中で、まだ激しく震え、荒い息をつきながらすがりついている。鷹生はなんだかいじらしい気がして、かすかに微笑み、ゆっくりと身体を動かして、抱き合ったまま、器用に暁人の方を下にし、ベッドに横たえた。暁人が小さくため息をつくのを確認して、そっと雄根を引き抜く。 「あうっ……」 暁人が小さくうめいた。己の放った精液でぐっしょりと濡れた鷹生の雄根は、淫らで温かな感触を残し、華奢な身体から抜かれた。暁人の放った液体は、鷹生の腹部をしっとりと濡らしている。 「……こっちの方が、やっぱりいいな」 鷹生は、行為の後でしっとりと潤った暁人の顔に、そっと口づけた。 「えっ……」 その言葉に、暁人が弾かれたように身を起こしたので、鷹生の足首に彼の身体が触れ、ついでにお互いに顔をぶつけてしまい、今度は二人ともに思わず悲鳴を上げてしまった。 「あ、ご、ごめ……」 「いや、俺も油断してた……なんだ、どうしたんだ？」 暁人が少し哀しそうにこちらを見たので、鷹生は当惑した。 「あの、良くなかったの……？ やっぱ、無理だった？」 その言葉に目を見はる。慌ててその身体を引き寄せた。 「違う、そういう意味じゃない！ ただ……」 「……？」 「あの体位だと、確かにすごく深く入るんだが……だから確かに快いんだが、こういう風に、お前に触っていられないんだ」 「あ……」 暁人は目を見開き、それから嬉しそうに、鷹生にすり寄ってきた。 「僕もね、ああしていると、君と触れるところが少なくて……だから、結局あんなにしがみついちゃったんだ。ごめんね」 その言葉が可愛くて、鷹生は思わず声を上げて笑った。暁人は恥ずかしそうに身をすくめたが、それから心配そうに、また顔を上げた。 「ねえ、鷹生。足、大丈夫……？」 「ああ。──そういえば……」 足の具合を聞かれた為、鷹生はふと、気がかりなことを思いだした。腕の中の暁人をのぞき込む。 「……お前、どうして今日、急にコンクールに出る、なんて言ったんだ？」 「……」 「お前、もともとそういうものに興味なかったろう。俺が馬鹿なことをしたせいなら、そんな……」 話しているうちに、急に不安になった。まさか、自分が伸一達の相手をしてしまったせいで、暁人は彼らに対して怒ってしまい、つい、あんなことを言ったのではないか、と思ったのだ。 恋人の欲目はあるにしろ、客観的に見ても、暁人は決して当人が思っているほど下手ではない。最大の問題だった、以前は少し足りなかった指の力も、鷹生がレッスンを見てやった甲斐あってだいぶ改善されたし、子供時代の、辛い長い治療や入院に慣れている為か、上手くいかない時でも、こつこつと練習を重ねる素直さや我慢強さも持っている。それに何よりも、生まれ落ちた時から良い環境で音楽に接していて、聴力も、作曲家の意図を理解する力も優れていた。 だから、あのドラ息子に比べればずっと才能はあると思うが、向かないことは、無理にさせたくないと思う。本当に一生懸命頑張る奴だしな……と、思いを巡らせた時、 「違うんだ。僕は、君にふさわしい人になりたいから……」 暁人が、まっすぐ顔を上げて自分を見たので、鷹生ははっとした。 「僕が一緒にいることで……君が、不当に侮辱されるなんて、絶対にいやだ。それが、今日のことで良くわかった。だから、コンクールにも出る。君のようにはいかないだろうけれど、精一杯頑張って、少しでもいい結果を出したいんだ。君が見ていてくれるなら、出来そうな気がする。そうすれば、きっと……！」 真摯にこちらを見つめ、ゆっくりと考えながら、そう言葉を紡ぐ暁人に、鷹生は耐えきれなくなって、もう一度しっかりと抱きしめた。暁人が驚いたように鷹生を見つめた。 「……お前は、絶対に自分を過小評価してる」 鷹生はその耳元で、低く呟いた。まるで、自分にも言い聞かせるように。 「お前がいたから、俺はここまでやって来れたんだ。あの時、病院で、お前に会えたから……」 腕の中で、暁人は不思議そうな顔をした。 「それは、君の持っていた強さでしょう？ 僕は、なんにもしていないよ……」 その言葉に鷹生は強く首をふった。そして、暁人の顔に、何度もキスの雨を降らせた。 「コンクール、頑張れよ。俺も、また別なのにチャレンジするから」 「うん、ありがとう、鷹生……！」 今日、朝倉を初めとする大勢の演奏者に会って、まだまだ自分が、ただの若造だと思い知らされた。彼の孫だというだけで、あんなにも我が儘が許される青年も、いた。 だったら自分は、ピアニストとして、もっともっと力をつけてやる。どんなことがあってもお前を守ってやれるくらいに。お前に、ふさわしくある為に。 やがて、キスで高ぶったのか、暁人は自分から、鷹生の身体に腕を絡みつかせてきた。 「もう一度、するか？ 暁人」 「うん、鷹生が大丈夫なら……」 二人は見つめ合い、微笑んだ。二人でいれば、どんなことも出来そうな気がした。 ──だから、今はこうして、お互いの存在のみを強く感じていたかった。ゆっくりと身体を重ね、溶けあうようなキスを交わしながら、二人はゆっくりと、もう一度愛を交わしはじめていった。 ＥＮＤ |