| ３ 「ファ、ファイサル、どこに行くんだ？」 その後、ほどなくしてパーティはお開きになったのだが、ファイサルは将吾たちを含め、皆に礼儀正しく別れを告げるやいなや、篤史をまるで抱えるようにしてジープに乗せ、さっさと王宮を後にしたのだった。 「あの、すまない。僕はなにかまずいことをしたのか……？ 将吾さん、いや、『美月』の人たちと、ずいぶん話し込んでしまったから……。でも、彼らは悪くないんだ、どうか怒らないで……」 夜の砂漠を走りながら、おずおずと篤史はそう尋ねた。ファイサルに声をかけられた直後、悠里も戻ってきて、その後将吾と悠里は何故かもめているようだったのだ。と、いうか、悠里が少しムッとしていて、将吾が慌てて平謝りしている、という様子だった。パーティが終わる頃にはまた仲の良い二人に戻っていたが……。 ──僕は、こういう社交に疎いからなあ……。ファイサルにも彼らにも、迷惑をかけちゃったのかも……── だが、ファイサルは篤史の傍らで、答えようとはせずにむっつりと黙っていた。どこへ行くのか、とも説明してくれないでいる。運転席には篤史とも仲良しになっている彼の副官がいたが、二人の様子に苦笑して肩を竦めただけで何も言わない。篤史はどうしたらいいかわからなくなって、そっとジープの窓の外を見た。 外には夜の砂漠が広がり、大層美しい光景だった。藍色の空に、ぽっかりと満月が浮かんでいる。その光を受けて、砂漠は銀色に輝いていた。 ──明日から二日間休みだし、ファイサルの都合がつけば、夜の砂漠に連れていってもらおうか、と思っていたんだけれど……── まさか、こんな形で出かけることになるとは思ってもいなかった。 「……！」 と、物思いにふけっていた篤史は、ふいに目を瞠った。ジープの行く手に、巨大な建物がそびえ立っていたのだ。もう夜遅いのに、明かりが幾つもつき、煌々と近くの砂漠までを照らしている。 「ファイサル……!? ここってもしかして……？」 「ハイファ郊外にある軍用基地だ。お前も来たことがあるだろう」 「う、うん。でも、どうして……」 篤史が呆然としている間に、ジープはゲートをくぐり、全くのノーチェックで広大な土地を横切って、基地の正面入り口にたどり着いた。ファイサルはドアを開けて篤史が降りるのを手助けすると、その肩を抱き、堂々と建物の中に入っていった。 「ファイサル閣下。それにサワムラ様！」 中に入るなり、兵士たちがずらりと並び、最敬礼して出迎えたので篤史はまたぎょっとした。だが、ファイサルが平然とそれに答礼しているので、彼に迷惑をかけては、とその真似をする。ファイサルは篤史の肩を抱え、皆の視線を篤史から遮るようにして、早足で近代的な設備の整った建物の中を歩いていった。そして、あっという間に裏に出た。 「ええっ……!?」 そこでまた、篤史は呆然としてしまった。建物の裏はアスファルトが敷かれ、広大な滑走路になっているのだが、その一番手前──目の前に、軍用ヘリコプターが一台、止まっていたのだ。 「準備は出来ているか」 そこまで後についてきた副官に、ファイサルはそう尋ねた。副官は笑顔でうなずく。 「はい。ご命令の通り、整備も済ませました。あとは大臣のお心のままに」 そう言うと、篤史にも丁寧に一礼し、そっと下がる。ファイサルはうなずき、まだ呆然としている篤史を、ひょい、と抱え上げるようにしてヘリコプターの後部座席に乗せた。そして、篤史にヘッドフォンを渡し、シートベルトをきちんと着けさせて席についたのを確かめると、自分はなんと操縦席に乗り込んだのである。 「嘘っ……」 篤史は到底、信じられなかった。ファイサルがエンジンを作動させ、操縦桿を動かすと、ヘリコプターはふわりと夜の空に舞い上がったのだ。そのまま、殆ど揺れもせず上昇すると、まっしぐらに南の方に向かって飛び始めた。あっという間に手を振る兵士たちの姿が遠ざかっていく。 「ファイサル、君、操縦できるの……？」 そうなってから、やっと口がきけるようになって篤史はそう聞いた。と、ファイサルは振り返ってにやりと笑った。この夜、初めて彼の笑顔を見た。 「ハムシーンの乗り物なら、大抵のものは動かせる。ラクダから戦闘機までな」 「そ、そうなんだ。すごい……」 その言葉通り、ファイサルは、まるでラクダの手綱を操る時と同じように、ごく滑らかな、手慣れた仕草で操縦桿を操っている。篤史は感嘆の眼差しで、その姿に見とれていた。 「俺だけじゃなく、外も見てみろ」 言われて急いで窓の外を見る。とたん、また感嘆の声が漏れた。 「わあっ……！」 上から見ると、夜の砂漠は上質な黒のビロードのようだった。その上に、小さな宝石を一つかみずつ零したかのように、街が広がっている。今飛びだった基地も見える。一番大きな宝石の塊は、ハムシーンだった。宝石の先が細く細く延びて、別の塊と繋がっているところもある。ごく小さな塊は、オアシスの近くの、ベドウィンのキャンプだろうか。 そして、それらの上に、藍色の空が広がり、満月がぽっかりと浮かんでいた。そんな筈はないのだが、こうして空から見ると月が近く、より大きく見える気がした。星も無数に輝いている。 「気に入ったか」 声をかけられて、篤史は夢中でうなずいた。 「うん。すごい……すごい、ファイサル！ 本当に綺麗だね。空から見ると、砂漠ってまた全然違うんだ……！」 ファイサルは満足そうに頷いた。と、篤史はとたんに心配になった。 「でも、ファイサル。これって軍用ヘリだよね……？ 勝手に僕を乗せたらまずいんじゃ……」 「心配するな。これは俺の私物だ」 こともなげに、だがほんの少し、誇らしげに言われて、篤史は目を瞠った。 「えっ!?」 「必要だったから、この間買った。燃料も自前だ。飛び立つ時に便利だから、基地の滑走路を使わせて貰っただけだ」 「そ、そんな……」 まるで、自転車でも買いかえたような口調だった。まさか、僕のために買ってくれたのだろうか、と篤史は心配になり、いや、幾らなんでもそんなことはないだろう、と慌ててうち消した。ビジネスで使うこともあるだろうし……。 などと思いめぐらせていると、ファイサルが笑顔で言った。いたずらっぽい笑顔だった。 「──もっとゆっくり夜景を見せてやりたいんだが、ちょっと急ぐからな。行くぞ」 そしてファイサルは、無雑作に操縦桿を引くと、さらにヘリコプターの速度を上げたのだった。 篤史はあわてて座席に掴まりながら、そんなファイサルの姿に見とれていた。窓外の夜空と砂漠を背景に、操縦桿を操る彼の姿は、ため息が出るほどに素敵だった。 × × × 「え……!?」 ──そして、一時間後。 この夜、あまりに何度も驚いたので、篤史はこれ以上驚くことはないだろう、と思っていたのだ。 だが、それは違った。目の前の美しい舘に、篤史は言葉すら失って立ちすくんでいた。 あの後、ヘリコプターはあっという間に砂漠を飛び去り、ハムシーン南部に広がる海に出た。そしてまっしぐらに、その中に浮かぶ小さな緑の島を目指し、巨大な鳥のようにそこに舞い降りたのである。島の気候は穏やかで暖かく、足元は砂ではなく、土だった。 そしてファイサルに導かれるまま、低木の茂る小道を抜けると、突然瀟洒な舘が姿を現したのだ。 「入ってくれ。中を見せたい」 ファイサルは慣れた手つきで門のロックを解除し、篤史を肩を抱くようにして中に導き入れた。 「わあっ……！」 奥にある舘は南欧などでよく見られるような石造りの建物で、イスラムとヨーロッパの建築を合わせたような、窓や扉をアーチ型にくり抜いた、洒落たものだった。 だがそれよりも篤史の目を奪ったのは、入ったところから広がる、緑豊かで優美な庭園だった。芝生やオレンジの木、イトスギなどを巧みに配置し、小道が作られていて、そこを抜けると真ん中の泉に出られる。花壇には無数の色とりどりの花々が咲き乱れている。そしてその他に、最も多く、庭中至る所に、白のつるバラが植え込まれているのだ。あの、篤史が夢で見た花である。 まず、入ったところの門柱にびっしりとそのつるバラが絡みついていて、再建される前の、ハイファのファイサルの邸を思い出させた。そのまま、ファイサルに連れられて夢のような心地で庭を歩く。と、小道の両脇にもバラの木が植えられていた。その道の一部が金属製の巨大な柵に覆われていて、その上にバラの蔓を巧みに這わせ、緑のトンネルのようにしてある。さらに舘の傍に行くと、壁の近くにも植え込まれ、壁づたいにも蔓が伸びているのがわかった。そして、それらの木は全て、まさに今、花がさかりで、数え切れないほど咲き誇り、甘く柔らかな香りを放っている。庭園のあちこちに巧みに配置された建てられた常夜灯と、月明かりとが、その花弁をぽっかりと浮かび上がらせ、白く輝かせ、息を呑むような美しさだった。 「ファイサル、これって……」 夢心地でそこまで導かれてきた篤史は、思わず彼を見上げた。 「綺麗だろう？ このバラはお前の好きな花だから、この家を建てた時に庭いっぱいに植えたんだ」 そう言うファイサルの瞳は、食い入るように篤史に注がれていた。彼はこの島に着いてからずっと、篤史から視線を放さないままなのである。 そのまま正面玄関の階段を上がり、扉に手をかざし、ロックを解除する。古風な形の木の扉だが、セキュリティは最新式のものだった。 「えっ、建てたって……ここに、わざわざ!? だってこの島は、着いた時の様子だと、他に誰もいないのじゃないか……？」 「半年前に島自体を買った。舘はその後、資材を空輸して大急ぎで建てさせた。今朝、予定より早く完成の電話が入ったんだ。バラが根付くか心配だったが、なんとかなったようだな」 こともなげに答えるファイサルに、篤史はまたしても呆然としてしまった。 「ど、どうして……」 とたん、ファイサルはひどくもどかしげな顔をすると、いきなり扉の前で篤史を抱きしめた。 「まだ、わからないのかっ!? ここは、お前のための家だ！」 「……！」 「俺は、お前を独り占めしていたいんだ。お前が、誰かと話していると……俺は時折、頭がおかしくなりそうになる。誰であろうとそいつの前に立ちはだかって追い払いたくなる。いや、そうじゃない。お前の姿を見せるのもいやだ。勝手に見るな、と叫びたい……！」 耳元の熱い囁きを、篤史はただ目を瞠り、信じられない想いで聞いていた。と、ふいにファイサルは手を緩め、篤史を真っ向から見据えた。 「まったくお前は……！ どうしてそう、誰にでも親切に、無防備に笑いかけるんだ。俺の携帯にはろくにかけても来ないくせに。今日のパーティだって、みんなお前のことばかり見ていたぞ！」 「まさか、違うよ！ 皆が見ていたのは君だろう！」 あわてて言ったが、ファイサルは激しい仕草で首を振った。 「そんなことはない！ だってお前はこんなにも綺麗じゃないか！ 俺は特にお前が日本人と話していると不安になる。お前はこんなに繊細で美しいから、砂漠の、発展途上のハムシーンなんかにずっといられないんじゃないのか、いつか帰ってしまうんじゃないかと考えてしまう……」 ファイサルは篤史の身体を再び、力一杯抱きしめた。 「今夜だって、もっとゆっくりここに来て、お前を驚かせるつもりだったんだ。なのに、あの日本人たちと話しているお前を見たら、どうしようもなく焦って連れてきてしまった。俺はいつだってそうだ。本当はお前を閉じ込めておきたい。いっそまた、鎖で繋いでしまいたい。でもそんなことはもう出来ないから……だからこの家を造った。ここは気温は温暖だが周囲は断崖絶壁で、急ぎの時はヘリしか輸送手段がない。俺の所有地だから、勝手には他に誰も来られない。二人きりになりたい時は、お前をここに連れてきたいんだ。俺たち二人きりの場所だ、アツシ、いいか……？」 そしてもう一度、篤史を見つめる。その声と視線は、話しているうちに今までとはうって変わって、どこか気弱げな、そして哀願するような口調になっていった。 「……」 その時、篤史は微笑んだ。当人は意識していなかったが、この時の彼の姿は、まるで背景の、庭を埋め尽くす白いバラの化身のように美しく見えた。 「ファイサル、君は誤解しているよ……」 優しい声だった。年下の恋人を諭すような。 「確かに和田さんの相談にも乗っていたけれど……彼には、他に大切な人がいるんだよ、だから僕に相談していたんだ。僕があの二人と話していたのは、主にこのバラのことなんだよ。」 「何……？」 今度は、ファイサルの方が呆然とする番だった。篤史は笑顔で続けた。 「これ……僕が好きな花だって君は言ったけれど、君が好きだったんでしょう？ 子供の頃、君はそう言っていたよ。それで僕も好きになったんだ。だから、内戦で土壌が変わって、あの邸では咲かなくなってしまったのが、とても残念だった。君が見られないもの。だから……」 篤史は少し得意そうに、微笑んだ。 「僕はそっちの方は専門だからね。同じ株を探してきて、研究所で開発していたんだ。そうしたら、あの土壌で咲かせることは難しいけれど、少し改良すれば、とても良質な香料が抽出できる、ということがわかったんだ。それを知って、『美月』の人たちが興味を持ってくれたんだよ」 「……」 「『美月』は化粧品の開発にも力を入れているから……。もう少し先のことになるけれど、化粧水や香水に使ってくれそうなんだ。そうしたら、香りだけでも君の近くに置いておけるだろう？」 ──それに、僕のしたことが、少しでも君のビジネスの助けになれば嬉しいし……── さらに、密かに思ったけれど、それは口に出して言わなかった。篤史は続けた。 「それにね、ファイサル。その……愛する人の好きなものって、自分でも好きになるだろう？ 君はこの国や砂漠を愛しているだろう。だから……僕もそうだよ。いや、君への気持ちを自覚する前から好きだったけれど、そうなってからは……気づいてからは、もっと好きになった。君がいるところに、僕もずっと一緒にいたいんだ。だから、君が心配することなんて、なにも、……！」 篤史の言葉はそこで途切れた。ファイサルがみたび、その身体を抱きしめ、唇をふさいだからだ。 「俺がこのバラを好きになったのは……子供の頃、お前が好きだと言ったからだ」 長い口づけの後で、ファイサルは耳元で囁いた。篤史は目を瞠った。 「だから、咲くのが楽しみで知らせに行ったんだ。この舘を建てた時も、最初からバラの花でいっぱいにしようと思っていた。それを見て、喜ぶお前のことばかり考えていた……！」 「……」 篤史はもう一度、ファイサルを見つめた。藍色の瞳が彼を見つめ返してくる。ここまで彼が僕のことを思ってくれるなんて。 「ファイサル、愛しているよ……」 だから、篤史は最初にそう囁いた。ファイサルを見つめたままで。 「僕だって、君とずっと一緒にいたかったんだよ。君は本当に素敵で、何もかも持っているじゃないか。心配なのは僕の方だったんだよ。だから……ありがとう。こんな素敵な場所を作ってくれて」 「……！」 するとファイサルは、篤史を抱きしめ、食い入るように見つめたまま、告げた。 「愛している、アツシ。だから今、ここでお前を抱きたい……すぐに」 そのファイサルの視線を真っ向から受け、篤史は頬を染めながらも、うなずいたのだった。と、ファイサルはなんと篤史を抱え上げ、驚く恋人に構わず、そのまま堂々と、中に入っていった──新婚初夜の、花婿のように。 「ファイサル……！」 「じっとしていてくれ。一度、やりたかったんだ」 ファイサルの笑顔に、篤史は真っ赤になりながら、彼にしがみついた。 × × × 「あ、あっ……ファイ、サル……」 そのままファイサルは、二階奥の豪奢な寝室に篤史を連れていった。 中に入るのと同時に、二人は貪るように口づけしていた。舘の外でバラが夜風にざわめくのと、遠く波の音が聞こえる以外は、しんと静かだった。この舘に、そしてこの島に、ただ二人だけという事実が、二人をどうしようもなく高ぶらせていた。 ファイサルの手が篤史のローブに伸びる。篤史の手も、ファイサルのカフィーヤに触れる。衣擦れの音とともに服が床にすべり落ち、二人はすぐに全裸になって抱き合い、もつれるように広大なベッドに倒れ込んでいた。絹のシーツが、泡のように波打つ。 肌が直に触れる感触に、篤史は身を震わせた。ファイサルの唇がまるで貪るように篤史の肌を這う。首筋や胸の突起、鳩尾や臍、そして足の付け根まで、しっとりと濡れるほどに舌で翻弄される。 「ファ、ファイサル、そんなところ、まで、恥ずか……。ああっ……！」 いきなり足を大きく開かされ、篤史は悲鳴を上げた。ファイサルが待ちかねたように、牡茎を口に含んだのだ。喉奥で先端を抑えるようにして、舌先で竿の部分を執拗に舐め上げる。 「だ、駄目だ、ファイサルっ、そんなっ……」 「気持ちいいか、アツシ……？」 ファイサルが口に含んだまま、目だけ動かして篤史を見る。喉の震えがさらに刺激になって、篤史は身を竦ませ、思わず夢中でうなずいた。それからあわてて首を振る。 「ファイ、サル、で、でもっ、これ以上は……。で、出ちゃ……あぁっ……！」 その言葉にファイサルは舌の動きを一層激しくした。更に奥まで含まれ、強く押さえつけられる。 「もっと感じてくれ、アツシ。お前が感じるのが……俺に、感じさせられてるのが見たいんだ……」 「……！」 その言葉は激しいが、哀願するような響きがあった。そのどこか切ない声が、篤史の心を突き動かし、篤史はあっけなく一度、果ててしまった。 「ファイサル……」 荒い息の下で、ファイサルを見つめる。ファイサルはしばらく、名残惜しそうに篤史の牡茎を口に含んだままでいたが、そっと放して顔を上げ、身を起こして篤史を見つめてきた。二人の視線が合った瞬間、篤史は自分から、力の抜けた手を懸命に延ばしてファイサルにしがみついていた。 「君にも、感じて欲しい、ファイサル……！」 「アツシ……」 白く滑らかな肌と、日に焼けて強靱な筋肉に覆われた肌が、強く触れ合う。 ファイサルの両手が、シーツから抱え起こすようにしてアツシの身体を抱きしめた。彼はためらわなかった。無防備に力の抜けた篤史の足を押し広げ、その秘孔に指を這わせると、その身体に、自らの若く鋼鉄のように張りつめた雄根を打ち込んだ。 「あっ、あ……ファイ、サル……！」 肉襞を思いきり擦りあげられて、篤史は震えた。衝撃とともに快感が伝わってくる。篤史の牡茎はファイサルの腹部に強くこすられ、さらに後ろから入れられたために再び強く反応し、立ち上がっていた。思わずそのまま流されてしまいそうになったが、ファイサルは感じているのか気になって、懸命に目を開けて間近の彼を見やった。 「アツ、シ……！」 たぎるような熱をたたえた藍色の瞳が、篤史を見つめ返してきた。その輝きに、篤史は全身が痺れるような歓びを感じた。彼は間違いなく、自分と同じ熱情を感じてくれている……。 「そんな目を、誰にも、向けるな……」 その時、ふいにファイサルが顔をくしゃくしゃにして、篤史の身体を強く抱きしめてきた。雄根がさらに奥まで穿ち、篤史は思わず息を呑んだ。 「ファイサル……？」 「どうして……お前はそんなにも綺麗で……優しいんだ。そんな目を、顔を、誰にも見せるな。みんながお前に魅了されちまう。お前は、俺のものだ。誰にも渡さない、愛している……！」 「……」 息が出来ない程の快感と熱さを感じながら、篤史はファイサルを見つめ、懸命に声を絞り出した。 「ファイ、サル、僕は、もう、君しか愛せないよ……」 「アツシ……」 「僕は、君のものだ……。こんなに、どうしようもないくらい、君が、好きだ。死ぬほど好きだ、愛している……。だから、ずっと、君の傍において欲しい……！」 「……！」 その時、ファイサルがより強く篤史を抱きしめ、その雄根が、最奥のさらに底を穿った。 「俺も、愛している。アツシ、お前だけだ。もうお前以外愛さない、俺は、お前のものだ……！」 「……！」 ファイサルが身体を震わせるのがわかった。篤史は目の前が真っ白に灼けるのを感じた。その白い光の中で、篤史はあのバラの花の幻影を見たような気がした。 × × × 「大丈夫か……？」 やがて、嵐のような時が過ぎ去り、二人はシーツの中に横たわったまま、口づけを交わした。 「うん。いい、匂いだね……」 部屋の中に置かれた大きな水盤に、あの白いバラが美しく飾られていた。篤史は横たわったまま、それを見つめた。ファイサルはそんな篤史を引き寄せ、自分の方に向けさせた。 「明後日の昼過ぎまで、ここに二人きりだ。いいな」 「うん、夢みたいだ……」 篤史は微笑み、ファイサルの身体に身をすり寄せた。そしてもう一度、花を見ようとしたが、ファイサルは再びそれを遮るようにして、篤史に覆いかぶさってきた。 「ファイサル……？」 「俺だけを見ていろ、アツシ」 その眼差しは真剣で激しく、それでいてどこか、哀願するような表情を浮かべていた。 「……もう。あの花は、君が用意してくれたものなのに……」 篤史は苦笑する。だがその瞳に見つめられると、心にまた、歓びがわき起こってくるのを感じた。彼の独占が、とても心地よい。このままずっと、彼の瞳に、囚われたままでいたい……。 「ファイサル……」 「もう一度、抱きたい。ゆっくりするから……アツシ」 熱っぽい瞳で見つめたまま、ファイサルが囁く。篤史は微笑み、そっと、ファイサルの背にまた手を回した。ファイサルがほっとしたように、安堵の笑みを浮かべる。 「愛している、アツシ……」 愛する人が、自分の腕の中にいるのを確かめるかのように、ファイサルは篤史を見つめ、抱きしめたまま口づけした。篤史もそれに微笑んで答える。 「俺も、愛しているよ、ファイサル。永遠に……」 外ではバラが月に照らされ、甘い香りを放っている。恋人たちの夜は今、始まったばかりだった。 ＥＮＤ |